「或る阿呆の思い」鳴門教育大学附属養護学校教諭:猪子秀太郎

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 毎年,お盆の一晩だけ,鳴門教育大学附属養護学校の踊り連が,幸町に繰り出します。これは,もう6年ぐらい前から続いています。完全自由参加,先生も生徒も保護者の方も,それぞれの家族も友だちも,好きな人は6:30に鷲の門に集合してよ。この約束だけで,毎年10人から20人ぐらいのこぢんまりした連ができあがります。連の名前は,その場の気分で決める。今年は,ある先生がうちわの目印を持ってきたから「うちわ連」でした。 私自身は,この学校に勤めて11年目,実は7年前から「天水連」という阿波踊り連に所属して,踊っている阿呆の1人です。本来ならお盆の4日間は,連で昼から晩まで踊りっぱなしのはずですが,わざわざ時間をあけて「うちわ連」に参加しています。それは,私自身の阿波踊りに対する「思い」があるからです。
 みなさんご存じのように,阿波踊りにはいろいろな楽しみがあります。「有名連の上手な踊りを見る」ことや「有名連に入って上手に踊る」ことは,とても楽しいことです。私も,上手にかっこよく踊りたい一心で,天水連で踊っています。一方で,「別に上手じゃなくても踊ると楽しい」し「すぐ踊るチャンスがある」のも,阿波踊りだと思っています。
no1_2.jpg ふだんの私たちにとっては,踊りは非日常的なものです。ところが,徳島のお盆は,求めれば誰でも「踊りが日常的」なものになるチャンスが転がっているのです。私の父親の世代には,「新町橋までいかんかホイホイ」などといいながら町内の有志が踊り出していったそうです。夢のようです。今は,その頃ほどではないにしろ,捜せばチャンスはたくさんあります。「うちわ連」で踊っていると,幸町を歩く人たちが「ひょっ」と踊りの輪に加わってくれます。浴衣を着た「ちゃんとした連の方」も,一緒に踊って盛り上げてくれます。中には,大太鼓や三味線を鳴らしてくれる人もいます。有名連で踊っている時とは違う,「心浮き立つ」瞬間です。
 附属養護学校の生徒たちは,自閉症だったり知的障害だったりして,ふだんの生活には「暮らしにくさ」を感じている人たちです。でも他の人たちと同じように,踊りが好きな人もいれば嫌いな人もおり,好きな人は「踊るチャンス」を捜しているのです。私は,決して「障害のある人に,踊る機会を作ってあげよう」なんて高邁な気持ちで「うちわ連」に参加しているのではありません。たまたま,学校で踊りに行く機会があったから参加して,参加したら「えらい浮いて楽しかったなあ」と感じて,次の年からその「機会」を大切に守っているだけなのです。自分の心が「浮いて」,人の心も「浮く」のが楽しいから参加しているのです。
 誰でもが「ひょっ」と踊って心が浮いて,そんなチャンスがもっとたくさんできると,阿波踊りは「ほんまもん」になると思います。もし,こんな気持ちを経験したい方がおいでたら,うちの学校の踊りの輪に入ってください。一年に一晩,8月のたいがい12日(違う年もあるんよ)7時半頃,幸町公園の近くの通りで踊んりょるけんな。