2004年8月

「扇ぐ阿呆」賛助会員・三村隆範(ドクターエンドー社主)

「何よりも私たち自身が、純粋に阿波おどりを楽しみたいからです。」という,
自分自身が楽しむ基本姿勢に共感し会に入りました。

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損そん」
という阿波踊りの囃し詞は皆さんご存知でしょう。

踊らないと損と言っているように聞こえるでしょうが、
見ても踊っても同じ「阿呆」と言っているのですから
阿呆さ加減は,同じレベルと考えられます。

決して、踊る方がいいと言っているのではないのです。

「踊るのも見るのも楽しいけど、私は踊る方が楽しいぞ」と
言っているに過ぎないのです。
実に微妙な言い回しであります。

要は,楽しむ分には同じことですから、どちらでもいいわけです。
あまり形にこだわらず、先ず楽しむことから始まるのです。
心が、浮き浮きすれば、自然に身体も動き出すものです。

たとえ身体が動かなくても、心が浮き浮きするだけでも
生きていることの楽しさは充分味わえるものです。

阿波には,秘められた知恵の言葉が埋もれているのです。

「二つの阿波踊り」光富宏治(ISIS編集学校・第6期[守]ちょっとバロッコ教室)

no6.jpgしっかし阿波踊りというのはすごいもんですね。

あんなに町中で「踊りまくってる」とは思いませんでした! 踊り子の人たちはどうやら踊りたくて踊りたくて仕方がないらしくそのエネルギーが桟敷にいるぼくのところまでびしびし飛んできました。写真をとったり手を振ったりすると大喜びで答えてくれます。

こんなふうに、「喜び爆発っ!」と踊りまくるのを見ているとだんだん体がうずうずしてきてきます。よっしゃ!と思わずぼくも乱入し・・・・・たりはさすがにしませんでしたがどんな祭りでもやっぱりあれはやってる人らが一番楽しいですもんね。

「いやぁ~祭り楽しいなぁ」
からそのうち
「あー。祭り、ええなぁ・・」

と心のどこかでうらやましさが湧きあがってきました。
そんな顔をしていたのか、最後にその辺の道端で踊っていた連(グループのこと)に誘われてえいやっとぼくも踊ってみちゃいました。

やっぱり・・・・楽しい!

どんな風に踊ったらいいのかわからないので(とても一朝一夕では覚えられそうにない複雑な動きしてました)適当に輪に加わっただけでしたがなんだか観ていたときとは別世界に踏み入れたような・・・なんともいい気分でした。

ぼくがいったのは徳島駅周辺でやっている大きなものと貞光町といういなかのほうの二つの阿波踊りでしたがやはり比べてみると徳島駅でのほうは規模が大きいだけに多少観光客の空気が混じりますね。
はたから見ていると純度が薄れるような気が少ししました。
とはいっても踊ってしまえばもう関係ありませんが。

逆に貞光町のほうでは純粋に地元の祭り、という感じで「踊る阿呆」と「みる阿呆」の距離もぐっと近いので楽しめました。しかも、なぜかぼくもさらしにはっぴをきてケヤリ(江戸時代の火消しが持ってそうな、棹の先にボンボンのようなものがついてました、「毛槍」でしょうか)というのをもって連に参加していました。これはたまたま運がよかっただけですがお陰で鳴り物も試しに触らせてもらえてラッキーでした。

印象的だったのは、阿波踊りはとっても品のある踊りだなぁということです。
「上品」というよりどこか「気品がある」という感じでしょうか。 踊っている人は心の底から喜びが溢れてはいるのですがどっかーん! いやっほーぃ!という「悦」に入るのではなくそれはあくまで観ている人を意識した上でのもののように感じました。きっとそれぞれが舞台でスポットライトを浴びているような気分なのかなと思ったりもしました。だからなのか、柵のような仕切りもなく、人の割には警備員もあまり気になりませんでした。

いいお祭りでありました。

「ハーネス連阿波踊り2004」財団法人徳島の盲導犬を育てる会

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 ハーネス連が結成されてから4回目の熱い夏がまたやってきました。
 今年は例年になく台風の上陸に何度となく見舞われた徳島県でしたが,12日の夜は皆の祈り通じて,踊りやすい薄曇りの天候に恵まれました。ハーネス連結成以来からの踊り子,山橋さんとウエイン・鶴野さんとセリアは4回とあって堂々とした踊りぶりを見せてくれました。観客席には立ち上がって声援をしてくれる人も。そして,総勢12頭にもなっ た盲導犬やパピーたちがハッピを着て現れるとあちらからもこちらからも,携帯電話で写真を撮るフラッシュの嵐が。
 今年初めての参加になったユーザーの平田さんは,阿波踊りは初めての経験。踊り子たちに混じって何度も練習を重ねましたが,阿波踊りのイメージがわかず,なかなか足と手が上手にできません。「みなさん,すぐに踊れますよって言ってくれたけど,結構難しいですよ。」当日は,大きな音に興奮して,ウインタも少し落ち着かない様子でしたが,ボランティアたちが隣で「あと何メートルぐらいですよ。」「少し右に 寄ってますよ。」と声をかけてくれたので,楽しく踊り終えることができました。 「まだまだウインタにとっても私にとっても,慣れないので『はまる』ところまではいかないけれど,来年はもっと上手になるかも?」と感想を述べていました。
 今年は,ドイツ人留学生や,中国からのお客様も飛び入って,ノリに乗っていました。市役所演舞場での演舞が終わり,両国橋演舞場では,躍り込むまでの時間が,じっとしていられず,ついに鳴り物が鳴り出し,踊り子たちが輪踊りを始めたというハプニングもありました。
 今年は大阪府や奈良県からも盲導犬・繁殖犬やパピー,引退犬までたくさんのボランティアと犬が参加し,今まで以上に華やかな楽しい阿波踊りになりました。これか らもずっとハーネス連の輪が広がり続け,毎年各地からたくさんのユーザーと盲導犬たちを迎えて一緒に踊れるようにと祈りました。(2004,8,12)

■財団法人徳島の盲導犬を育てる会サイト
http://www.nmt.ne.jp/~harness/index.htm

「おもてなし」賛助会員・松島清照(株式会社松島組代表取締役)

no4.jpg 旅先で知りあい意気投合した建築家O氏を阿波おどり見物に招きました。

驚かせ てやろうと踊り浴衣一式を手配、実際に着替えてしまえばすっかりその気になっ ている様子でした。

そのせいか傍観者から参加者(主役)になり、すっかりなじんだ様子で大変喜んで頂けました。

徳島の夏は何が起こるかわかりません。

   

 

「私流・阿波踊りの楽しみ方」内野雅子(劇団ふるさときゃらばん/福岡県出身)

no3.jpg 阿波踊りにはTシャツにGパンなどというブサイク(=粋でない)格好で出かけていってはイケナイ。旅館の浴衣や、商工会のハッピ、何でも良いので、それっぽい格好でお出かけすることをオススメします!
 なぜなら、阿波踊りは参加するお祭り、「同じ阿呆なら踊らなソンソン」というより、見ているだけではバカみたい?ひ一緒に踊りましょう。「にわか連」にもぐりこめば踊りの指導もしてくれますし、実際に体を動かすと心も踊り出します。
 ソンナ訳で、私は夏になると「にわか阿波踊りダンサー」と化し、劇団のハデハデハッピを身にまとい阿波の町へ繰り出すのです。
 夏、たったの4日間、誰かれかまわず踊りに興じる姿は、徳島人の日ごろの勤勉ぶりやお接待の心を感じさせてくれます。何より、男は男らしく、女は女らしくっていうのが気に入っています。ソレって今時「粋」でしょう?

お遍路さんに取材しちゃいました!

新町橋で、お遍路さんがいましたので、
「結願したの、それともこれから?」と聞くと・・・

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彼は山口県の田中さん(40)。香川の善通寺からの出発で、今日で20日目、全行程のだいたい半分です。
「ずっと、野宿で今日もどこかで寝るが、絶好の機会なんで、見物中です」と夕食をお接待しょうとさそったら、「さっき駅前のロッテリアで目一杯食べたところ」って。ロッテリアとお遍路さんというのもいいですね。7月の台風のまえの暑さより、いまはだいぶ過ごしやすいというけど、ここまで、民宿、旅館無しの野宿はすごい。「でも、野宿はいいことがあるんです。夕べも流れ星5つ見ました」せっかくだから、写真をとろうというと、「うれしい、これまで一枚も写真を撮ってなくて、いい記念になる」阿波おどりとお遍路さん。さっそくプリントして、送ってあげたい。

あるお遍路日記の中にあったことを思いだした。
歩いていると、おじさんが出てきて、突然、写真を撮ってくれた。納め札を要求されたので、渡して別れた。(納め札:お参り記念の、住所を名前を書き込んである細長い紙)数日して、家に連絡を入れると、写真のハガキが届いていて、ゲンキで歩いていますという一行があったという。差出人不明の、家族への便りという粋な計らい。

文・写真/宮本

 

扇げば楽し、阿波おどり展開催!

 

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阿波おどりにエールを贈る「メッセージうちわ作品」をクリエーター集団らしく、
趣向を凝らした方法で展示をいたしました。
観光客の方が記念撮影などしてくださっている様子を見て嬉しくなりました。

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 開催日/ 200年8月12日(木)~15日(日)

 開催場所/両国橋南おどり広場ステージ

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開催日/200年8月16日(月)~26日(木)
開催場所/ 阿波おどり会館

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アテネの「シンクロ」も扇ごう!

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ご存じの方も多いと思いますが、間近にせまったアテネオリンピックのメダル有力候補「女子シンクロナイズドスイミング」の団体演技の演出に、阿波おどりが取り入れられています。

ってわけで、さっそくデザインしました。
運が良ければ、観客席で「うちわ」を持って応援する日本人サポーターの映像が、世界中に配信されるぞー!
みなさん、オリンピックはシンクロに注~目!

Design/藤本孝明
Writing/新居篤志


速報あっぱれ日本!
日本代表シンクロナイズドスイミングチーム
銀メダルおめでとう!!!

東富田一丁回り!

no10_1.jpg「見せる踊り」もいいけれど、「町を練り歩く風流な流し踊り」も見てみたい・・・。
ということで、8月8日におこなわれた「東富田一丁回り」を取材してきました。

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「東富田一丁回り」は、この辺りで17~8年前までおこなわれていた地域踊りを6年前に復活させたもの。「小さいときに阿波おどりの楽しさを教えとったら、大人になっても好きでいてくれるんよ。」とおっしゃる、東富田公民館の館長、佐藤義忠さん。

no10_2.jpg「いろんな地域で、こういうことを広げて欲しい・・・。阿波おどりは、文化やけん。」

同公民館を出発した一行は、車や自転車を避けながらのんびりと進んでいく。
にぎやかな「ぞめき」を聞きつけて、窓から手を振るご近所の姿もある。

no10_3.jpg途中、公園で一休み。一息ついて、輪踊りを披露。
どこからともなく見物にやってきた人たちが、にこやかに遠巻きから眺めている。
「今年の子らは、けっこう踊りになっとんなあー。」煙草をくゆらせながら、そんな独り言をいうおじさんもいる。

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公園から再出発した一行は、細い路地を練り歩き、フィナーレの地「大麻比古神社」の境内へ。
陽もすっかり暮れ、良い感じの風が吹き、不思議と暑さは感じない。

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no10_7.jpgここでも少し休憩。ぼんやりと座っていたら、冷えたスイカを、世話人の方が「食べてな」といって手渡してくれた。
そういえば、僕はスイカを何年も食べていなかった・・・。

no10_8.jpgとなりに座った風格のあるおじさんにちょっと質問をしたら、その方は、「東富田一丁回り」のもう一人の仕掛け人、東富田コミュニティ協議会会長の松ノ内 清さんだった。

「こういう阿波おどりが、ホンマもんやと思うんよ。自分たちの手づくりで、楽しみながら文化を残していく・・・。それがホンマと違う?」

うなづくしかない。

no10_6.jpg「年々子どもが減ってきて、今年はもうできんかなあ、といつも思うんやけど、こうやって見ると、やっぱりガンバらなあかんなあ、と思うわ。阿波おどりって、ええもんやけんの。」


阿波おどりを支える熱い人が、
ここにもいた。

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no10_9.jpg1年間かけて笛や三味線の練習して、この日がデビューだったらしい子どもたちの緊張した様子が、良いなあと思いました。
今年はじめて、笛を練習してデビューした小学生は、指がかたまった~~と言って笑ってました。
今は、なくなりつつある異年齢の交流が、あそこにはあって、大きい子が小さい子に教えてる姿見てほっとしました。
(by きんこ)

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Writing & Photograph/新居篤志 & きんこ

8月8日佐古愛日連最終合同練習です!

no9_2.jpg真新しい法被とピカピカの鳴り物。小さな子ども10人ぐらいを先頭に70人ぐらいが、最後の練習です。

15日の行程を谷事務局長さんにうかがうと、「残念ながら、街を踊りながら流すことができない、警察から許可が出ない」ということでした。そこで、神社の境内、駐車場、公園の三カ所で踊って、桟敷をめざすことになってしまった。

風情より安全か、よく考えたら当然なのだろうが、さみしい。

 

  no9_4.jpg阿波おどりな中納さん

 昭和4年生まれ75歳の中納フミ子さんは、流しができんのがしんだいなぁという私に、「時代にあわさな、しゃあない」といいながら自分の町に連ができたことを、心底よろこんでいる。
 「私も5歳から踊りはだいすき。当時の佐古のおどりはずっと続く問屋街を踊り、その店先のいっきゃくに、お酒やラムネを冷やして接待するん。おどりの衣装やはみなバラバラだった。
 そして戦争... 戦後も子育てやら仕事で、踊りどころではなかったから、私のおどりは5歳で止まっとん。
 ああ、これをを聞いたらお尻が浮いてくる。うれしい、ほんまにうれしい!」

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◎ちょっとだけの三味線流し、昔は町をこうして踊り歩いたのに

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阿波おどりな木内さん

 お鯉さんと、ええ勝負のよしこのが館内に響く。
 歌うのは、80歳の木内光子さん。木内さんは、三味線も鉦もなんでもできる。昔、出版社からの依頼でよしこのをソノシートに吹き込んだことがあるそうです。
 要職を持っていたこともあって、県外へよく出かけていて阿波おどりによる親善回数は数え切れないという。ビールビン1本で踊ったこともあると、次々武勇伝が飛び出してくる。

 

 

いろんな暮らしと、いろんな思いの中に阿波おどりがあった。100人を超えた生まれたばかりの愛日連で、鮮烈によみがえってきた。

Writing/宮本光夫,Photograph/幸田青滋

 

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阿波おどり応援イラスト描いちゃいました!

阿波おどり応援うちわで使った阿波弁を今度はイラストで描いちゃいました。
イラストにするとこれがまた、楽し~んです。阿波弁最高!!阿波おどりバンザイ!!!

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Illustration/きんこ Writing/新居篤志