阿波おどり賛歌

「まだ、かけだしの踊り子の思い」若田誠司(建設コンサルタント)

徳島のお盆の夕暮れ、ゆかた姿の踊り子が車に乗ったり、歩いたり、あるいは自転車で、颯爽(さっそう)と街(徳島市中心部)の方に向かっています。

わたしはその姿をみて「かっこええなー」とあこがれていました。

踊りを観終わった10時過ぎゆかたも乱れて、疲れ果てた姿の踊り子が、帰って行きます。

わたしはその姿を見て「かっこええなー」とあこがれていました。

みなさん、そんなことはないですか?

平凡な日常生活の中で、何かをしたい、何かで注目を浴びたい、忙しい仕事の中でいつも考えていました。あるとき、ここは徳島やな、あれ、阿波踊りがある、夏が来たらあこがれていたゆかた姿がある。どうせ踊るなら"かっこよく"踊りたいとそう思い、何年か前の夏、有名連に入り演舞場デビューしました。感動しました。ゆかた姿で颯爽(さっそう)と街を歩きました、そうです、ずっとあこがれていた姿です。
 
でも、それからなんです、ずっと悩んでいます。

なかなか上手くならないのです、先輩方と何かが違います、いちに、いちにの二拍子のなかでその二拍子を崩しながら連独自の踊りを継承しつつ、自分独自の踊りを完成させなければならないのです。ほんとに阿波踊りは、奥が深いのです。

最近の阿波踊りは観光目的で商業的になったとか、このままではダメだ、昔とちがう、もう少し身近なものにならなければいけない、とか、色んなことが言われていますが、それは、阿波踊りというブランドを利用して活動しようとする人が言っていることであって、地元の人や観光客は何も思っていないのではないのでしょうか。

ましてや有名連の踊り子は純粋です、踊りがうまくなりたい、連の中でトップになりたい、阿波踊りのスターになりたい、そういう思いで一年中練習しています。

みんな忙しい仕事を持ちながらがんばっています。理解のない職場では「この忙しいのに阿波踊りっつか、アホちゃうか」とか言われながらがんばっている人もいるでしょう。

私は連に入って思いました。先輩方を見てこの人たちが徳島の阿波踊り(伝統文化)を支えているんだなと、ひたすら純粋に、踊ることに喜びを感じ、連の伝統をまもることを考え、観ている人に感動を与えたい、観ている人が、子供、若者、老人、地元の人、観光客、著名人、日本人、外国人、そんなのは関係ありません。観ている人は観ている人なんです、その観ている人から「良かった、感動した、また観たい、今の連の名前は」等と言うことを聞きたい、それだけなんです。

そうなんです、勝手ながら、私も徳島を代表する伝統文化(阿波踊り)を支えている一人なんです。そのことに誇りと責任を感じながら、今後も先輩方共々「観ている人に感動を与える踊り」を追及して行きたいと思います。

以上 「かけだしの踊り子」の、とりとめのない勝手な思いでした。

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※写真はイメージです。

「踊りは? スペシャル!!」三谷郁彦(NPO法人 スペシャルオリンピックス日本・徳島 会長)

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「踊りは? スペシャル!! やっとさー、やっとさー!!」

no9_2.jpgスペシャルオリンピックス連はいつもの掛け声で、色華やかな提灯、ライトアップされた市役所前演舞場をアスリートたちが藍紺に赤のポイント、背中には世界中の仲間が手と手を結ぶ様子を記したシンボルマークが白抜きでくっきり生える最高の衣装で元気に踊りこみました。自由なままの躍動的な男踊り、照れくさそうはにかみながら踊る女踊り。それぞれが観客に「私たちを真正面から見てください!」と訴えかけるように踊りました。

スペシャルオリンピックスとは、知的発達障がいのある人たちに日常的なスポーツトレーニングと、その成果の発表の場である競技会を年間を通じて提供し、社会参加を応援する国際的なスポーツ組識です。私たちは、知的発達障がいのある人たちを「アスリート」と呼んでいます。

スペシャルオリンピックスの目指すものは、アスリートを中心にその家族とボランティアが一体となって活動を進めることにより、彼らの運動機能向上、身体的な発達促進ばかりでなく、チャレンジ精神や勇気を培い、目的達成の喜び、生きる喜びを共感、共有することを目指します。SOはひとりひとりの個人が自然に、あるがままに受け入れられ、認められるような社会になることを願っています。

知的発達障がいのある人たちに対して、まだ社会は偏見的に捉えていると感じます。彼らは「できない人」だから養護という言葉通り守らなければいけないと・・・・・・

no9_3.jpgでも、それは違うと思ったのは、生き生きと阿波踊りを楽しんでいる、上手に踊りたいと一所懸命練習している姿をみて、彼らこそこの世知辛い世の中にとって必要な人々だと。素直で純粋で愛らしい彼らは、周りの人たちに、「やさしさ」を教えてくれる天使のような存在です。

彼らは、「できない人」ではなく、「できる人」なのです。チャンスさえあれば何だってできます。社会の人たちが彼らを真正面から見つめて、社会にとって大切な一員だと気付いていただければ、彼らが世の中を変えてくれるでしょう。

「来年は、もっと上手に踊りたい」「来年は、鳴り物をしたい」など夢を膨らませ、また練習が始まります。

■スペシャルオリンピックス日本・徳島サイト
http://www.son-tokushima.or.jp/

「楽しさの相乗効果」町田 絵理子(「神戸ちるど連」 「小町」)

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小学三年生の時、父親の転勤で徳島に引越し、はじめて阿波踊りを踊った。
企業連の先頭で、子供ハッピに豆しぼりをまいて、阿波踊りというお祭りの何たるかも知らず、ただただ楽しくて、両手を上げて「右手右足、左手左足...。イチ二、イチニ...。」と歩いた。

あれから十数年。今は神戸で阿波踊り活動をしている。
阪神淡路大震災の後、父が近所の子供達を集めて阿波踊り教室を開いたことがきっかけで、英語の「children」との洒落から[神戸ちるど連]というグループが生まれた。

私はその[神戸ちるど連]で、阿波踊りを教える立場にあるのだが、私はただ「指導する人」ではなく、「伝える人」でいたいと思う。
「指導」というと、あれはああだ とか、これはこうだ とか、自分の中で確立された形があり、そして他より上の立場で物を言っている気がする。けれど、阿波踊りに関わるほとんどの人が言うように、阿波踊りとは巨大な生き物のようなもので、様々なものと関わりあいながら常に変化、成長してきたからこそ、今なお多くの人々に愛されているんだろう。阿波踊りを愛することに優劣も上下関係もないはずだ。

400年もの長い年月をかけ、阿波の人々に愛されて、阿波の国とともに育ってきた阿波踊り。私は、その大好きな徳島の阿波踊りを[神戸ちるど連]のメンバーに「伝えよう」としている。そして[神戸ちるど連]として、愛する徳島の阿波踊りを、より多くの人々に「伝える」ことが出来ればいいと思う。

[神戸ちるど連]が様々な所で阿波踊りを披露する中で、最近よく言ってもらえる言葉がある。
「阿波踊りを見たのは初めてだけど、是非徳島に行ってみたいと思った。」
最高の賛辞だと思う。
私達の阿波踊りを見て、楽しい、と思ってもらえたからこその言葉だ。
楽しんでもらえた事がうれしい。阿波踊りを楽しいと思ってもらうことが、私の何よりの喜びであり、阿波踊りをする上での自分に課した目標でもあるから。
そして、うれしいから、もっと楽しく踊れる。楽しさの相乗効果だ。
 
昨年果たした念願の[神戸ちるど連]の初の徳島踊り込み。鳴り物さんをいれても20名足らずの少人数だったけど、徳島の街は、こらえ切れないほどの楽しさのエネルギーの中に私達を受け入れてくれた。
今夏もまた、あの巨大な楽しい渦の中に飛び込もうとしている。
阿波踊りからいただいた、私の中の喜びや楽しさは、踊る私から溢れ出て、きっと周りの人たちに伝わるだろう。そしてまた少し、あの楽しい空気が重みを増す。やっぱり楽しさの相乗効果だ。

こんなにも素敵な阿波踊りが、そして阿波踊りを愛するこの思いが、どこまでもどこまでも届くように...。
そう願いながら、これからも阿波踊りを愛し続けていこうと思う。

■神戸ちるど連サイト
http://www.kcc.zaq.ne.jp/children/

「"粋"なきっかけ」岡本幸雄

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徳島に来て来年で30年。 初めて明かしますけど当初10年間は阿波踊りが大嫌いでした。

お囃子が聞こえる頃、そそくさと里帰りに夢を膨らませ、阿波踊り期間中は徳島から 離れていました。そうです。徳島の人になりきれて無かったのです。郷里に帰るとき初めて本当の自分に還るみたいな居場所が徳島になかったのかも知れません。

それから約10年後のある時、元町の交差点で信号待ちをしていると前の車の男性が篠笛をおもむろに出し吹き始めたのです。それが何故が粋でカッコ良く目に焼き付いたのです。その当時、TGD連(徳島グラフィックデザイナー連)ができて間もなくだったと思います。阿波踊りに笛で参加したい...と思うようになったのです。

ところが、この笛が難しい。吹いても吹いてもなかなかうまくならない。フォーク全盛の学生時代、シンガーソングライターを夢見ていた(誰ですか?笑っているのは)こともあり、音感に自信があったつもりでいただけに数年格闘しました。そんなわけで、昨年から大鼓を覚え始めています。視覚から阿波踊りに魅せられていった一人です。

それと自分の中で第二の故郷であったはずの徳島が、知らず知らずのうちに「故郷」になっているのだと思います。今では阿波踊りのリズムを聴くと動物の本能が呼び起こされるみたいで、6月頃、吉野川河川敷から練習の音が聞こえてくると身体の血管の中で脈打つ音が聞こえてきそうになります。すめば都と言いますが、阿波踊りのある徳島に来て良かったなぁと思っています。

以上、ほんとうに個人的な阿波踊りと自分でした。

レッツ・ぞめき ・グルーヴ「阿波踊りリズム考察」~私的鳴り物用語解説 木川隆志

最初にお断りしておきますが、この解説はあくまで私見であり、
アカデミックな用語解説とは別物とお考えくださいませ。

●「正調」お囃子

チャンカ・チャンカで例えられる二拍子のバウンスリズム。
ちなみにバウンスとは「弾む」とか「跳ねる」の意。
※黒人音楽の一つにシャッフルというダンスリズムがありますが、通じるところがあるように思われます。ひとくちに正調お囃子といってもよく聴くと、幅が広すぎて実は解説できません。「正調お囃子」を定義するのは「スポーツカー」を定義することと同じぐらい曖昧なものと思われます。

●「正調」と呼ばれないお囃子

ここ数年でよく聞かれる打楽器だけで奏でられる音量、音圧ともにもの凄いリズム。
※私には4拍子の16ビートに聞こえます。リズム自体は跳ねていませんが、これで女踊りをしたり、いわゆる「さし足」で踊るのは無理があると思われます。若い人に人気のある某連が「すり足」で踊り、女踊りを採用してないのは正しい選択だと思います。
現在作り出される楽曲が16ビート中心であるということを考えると、人気があるのも納得です。

04kane.jpg ●鉦(カネ)の役割

コンボの中ではリズムの芯です。自ら音を出せる指揮者のようなものです。
テンポや展開、エンディングまでも決定権があります。
なかなか美味しいパートですが、鳴り物全体の力量の印象が鉦によって決められてしまうぐらいの責任が発生します。
また、リズムのキレの部分は鉦によるところが大きいと思われます。

04fue.jpg ●笛の役割

笛の音は人間の耳に聞こえやすい周波数なのかも知れません。よってオーケストラ編成なみの鳴り物部隊や演舞場の雑踏といった場所でもよく聞こえます。
一般に鳴り物コンボの中では、メロディ担当ですが譜面には表せない情緒を醸し出すのがあの音色ではないでしょうか。また、スタッカート気味に吹く「きり笛」というのがあります。これはとてもリズミックなハイテクニックです。

04oodaiko.jpg ●大太鼓の役割

鉦がテンポ命なら大太鼓はノリが命です。上手な踊り子さんは一番大太鼓を聴いて踊る、もしくは踊らされるそうです。テクニカルなパートではありませんが、シンプルなフレーズで勝負するのはまさにファンクの神髄です。
ちなみに基本パターンの「ドドンガ・ドーン」はクラシックなフレーズ、「んっ(←休符)ドンガ・ドーン」はモダンなフレーズに聞こえます。叩く人も聞く人も音圧がお腹に響くのがこの楽器の特徴です。

04simedaiko.jpg ●締太鼓の役割

フレーズの間を埋めてリズム同士をうまくつなげる、フィル・イン(オカズ)を上手に使って、リズムに彩りを加えます。基本フレーズはあるものの、豊富なバリエーションが存在します。締太鼓のフレーズを聴いただけで、連名が特定できる場合もあるため、叩く人の個性が出しやすい楽器だと思います。
乾いた音色を出すために、皮のコンディションのキープや「締め」だけに紐の締め方が音色に大きく左右します。叩く以前に楽器をよく知ることも必要です。

04syamisen.jpg ●三味線の役割

「阿波踊り」の「ぞめき感」(心地よい騒々しさとでもいうのでしょうか)こそ三味線の醍醐味です。
一般にいわれる「チャンカチャンカ」だけでなく、メロディもコードもリズムを出すことができますが、いかんせん楽器単体での音量が小さく音域も狭いため、他の鳴り物の音に埋没して屋外ではほとんど聞こえないといった現状があります。また、三味線をかかえて町中を流す姿は老若男女を問わずビジュアル的にとてもカッコ良いのですが、チューニングに無頓着な場合が多々あります。残念!PAのある舞台演奏やメイン演舞場からちょっと離れた街角を少人数で流したりする時にこの楽器の良さが発揮されるのかもしれません。

04ookawa.jpg ●その他の楽器の役割

鼓(つづみ)や大皮(おおかわ)などのパーカッション系は少数派ですが、うまくアンサンブルにとけ込むと、鳴り物全体の質感が大幅にアップします。鼓は拍子のオモテ、大皮はウラで叩くのが基本です。両楽器が加わるとポリリズム(二つ以上の異なるリズムが同時に使われること)のようになってもの凄く格好良く聞こえたりします。

最後に私自身は鼓弓(こきゅう)を弾いたことがあります。よくみられる中国式とは違って三味線を小さくしたようなカタチをしています。弓の代わりに馬のしっぽの毛を束ねたもので弾きます。バイオリンのような音が出ますが、何といっても、かかえた時の「たたずまい」で勝負できる数少ない楽器でした。

以上長々と書き連ねましたが、踊る阿呆だけでなく通常は裏方の鳴らす阿呆にも注目して見ると「阿波踊り」の楽しみ方が広がるのではないでしょうか。

「徳島県民のDNAには阿波踊りが書き込まれているか?」渡部圭(四国写研)

娘が通う小学校の運動会では、6年生が阿波踊りを踊ります。限られた時間でしょうが、みんな練習を重ねて本番に臨むようです。お囃子も子供達です(笛はリコーダーなんですが)。

6年生と先生達の阿波踊りを見ていた時も感じたんですが、達者に踊る人たちの中に、どうもぎこちなく踊る人たちが結構いるように思うんです。これは、有名連のみなさんではなく徳島の普通の人達が踊るのを見ているといつも思ってしまうことです。

達者な人達には余裕があって、踊ることを楽しんでいることがこちらに伝わってくるような気がします。一方ぎこちない人達からは一生懸命さは伝わって来るんですが、雰囲気を楽しんでいるようには(僕には)感じられません。手足をはこぶのに精一杯に見えます。

県外の方が「本物の」阿波踊り(テレビとかではなく実際の踊り)に触れたときには、ぎこちないながらも楽しそうな雰囲気を醸しているような気がします。小さな子供によしこのを聞かせると自然に手足を動かして自然に踊り出しますが、あんな感じを大人でも取り戻して踊っているのをみてこちらも嬉しくなってしまうことがあります。そして、つくづく阿波踊りにはすばらしい力があるなあと思っちゃいます。

ようするに普通の徳島の人は誰でもみんなが阿波踊りが上手じゃないってことを言いたいのです。「徳島県民」っていうだけでは、阿波踊りはうまく踊れないですよね。一般的に黒人の人はリズム感が良いとされています。あんな風に生まれながらに阿波踊りを上手に踊れたらうらやましいんですが、阿波踊りは天性のものではないってことでしょう。

でも、徳島の人なら誰でもが"上手じゃなくても"踊りを楽しめて、"うきうきした気持ちがみんなに伝わるような"阿波踊りをできるようになりたいですよね。そして徳島の人みんなが楽しい気持ちで楽しく踊れる場所がいろんな所にあったら徳島の街は徳島の人にとって素敵な街になるだろうなんて考えてしまいます。そのためには何が必要なんでしょうか。せっかくなんだから運動会もそういう場所にすればいいのに・・・なんて思うんですがね。

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※写真はイメージです。

「阿波弁うちわの効用」西山欣子

02.jpg2004夏、大好評だった「扇ぐ阿呆の会」制作の「阿波弁うちわ」。
いろんなところでいろんな役目を果たしたと思われる。
職場の壁に飾ってもらったり、切手貼られて全国各地を飛び回ったり・・・。

私の周りでもこのうちわたちは、さまざまな効用を見せてくれた。

石川県で開催された講演会場に送り込まれた20枚のうちわは 全国各地から集まった人たちの楽しい交流の場を作ったらしい。

徳島から参加した友人が、うちわを見ながら、阿波弁の説明を始めると私の県では、こういうふうに言うよ。私のところではこんなだよ!って思わぬところで、盛り上がって楽しい時間を過ごせたとか。

名付けて「全国方言交流効用」。

わが家では、口数の少ない次男の夏休み帰省時の会話に登場。
息子「もんてきたでよ」 母「えっとぶり!」。
ありがたい「親子円満会話効用」。

中でも、かなりヒットだった効用。
「しわしわいかんで」をながめながら、立ちつくす友人(50歳くらい女性)。
勘違いしたのか思い込みが激しかったのか、しわしわをシワシワと解釈したらしい。
「いかんよなあ~シワは・・・」って。イヤイヤそんなこと言ってませんって!!
年齢再認識効用」ハタマタ「若返り願望効用」とでも名付けておきましょう。

そして、何よりの効用は、腰が抜けそうなできごと連発だったこの夏の私を
いろんな意味で勇気づけてくれたことだったのかもしれない。

「夕暮れどき」幸田青滋

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 じっとしていても汗が吹き出る夏の夕暮れ、むせ返るような凪の時間帯、踊り本番が刻一刻近づいてくる時間帯が好きです。心のスイッチが「年に一度の阿波おどりモード」に切り替わる時がたまりません。交通規制後新町橋や両国橋の中央分離帯に腰をおろすとコンクリートはまだ熱を持っていて温かく「フゥ~、今年も始まったかな~」って。

 新町橋、ボードウォーク、両国橋、水際公園と周回すれば踊りの輪があちらこちらにあり、見る、呑む、喰うを満喫し輪踊りに飛び入り参加も出来そうです。

「扇ぐ阿呆」賛助会員・三村隆範(ドクターエンドー社主)

「何よりも私たち自身が、純粋に阿波おどりを楽しみたいからです。」という,
自分自身が楽しむ基本姿勢に共感し会に入りました。

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損そん」
という阿波踊りの囃し詞は皆さんご存知でしょう。

踊らないと損と言っているように聞こえるでしょうが、
見ても踊っても同じ「阿呆」と言っているのですから
阿呆さ加減は,同じレベルと考えられます。

決して、踊る方がいいと言っているのではないのです。

「踊るのも見るのも楽しいけど、私は踊る方が楽しいぞ」と
言っているに過ぎないのです。
実に微妙な言い回しであります。

要は,楽しむ分には同じことですから、どちらでもいいわけです。
あまり形にこだわらず、先ず楽しむことから始まるのです。
心が、浮き浮きすれば、自然に身体も動き出すものです。

たとえ身体が動かなくても、心が浮き浮きするだけでも
生きていることの楽しさは充分味わえるものです。

阿波には,秘められた知恵の言葉が埋もれているのです。

「二つの阿波踊り」光富宏治(ISIS編集学校・第6期[守]ちょっとバロッコ教室)

no6.jpgしっかし阿波踊りというのはすごいもんですね。

あんなに町中で「踊りまくってる」とは思いませんでした! 踊り子の人たちはどうやら踊りたくて踊りたくて仕方がないらしくそのエネルギーが桟敷にいるぼくのところまでびしびし飛んできました。写真をとったり手を振ったりすると大喜びで答えてくれます。

こんなふうに、「喜び爆発っ!」と踊りまくるのを見ているとだんだん体がうずうずしてきてきます。よっしゃ!と思わずぼくも乱入し・・・・・たりはさすがにしませんでしたがどんな祭りでもやっぱりあれはやってる人らが一番楽しいですもんね。

「いやぁ~祭り楽しいなぁ」
からそのうち
「あー。祭り、ええなぁ・・」

と心のどこかでうらやましさが湧きあがってきました。
そんな顔をしていたのか、最後にその辺の道端で踊っていた連(グループのこと)に誘われてえいやっとぼくも踊ってみちゃいました。

やっぱり・・・・楽しい!

どんな風に踊ったらいいのかわからないので(とても一朝一夕では覚えられそうにない複雑な動きしてました)適当に輪に加わっただけでしたがなんだか観ていたときとは別世界に踏み入れたような・・・なんともいい気分でした。

ぼくがいったのは徳島駅周辺でやっている大きなものと貞光町といういなかのほうの二つの阿波踊りでしたがやはり比べてみると徳島駅でのほうは規模が大きいだけに多少観光客の空気が混じりますね。
はたから見ていると純度が薄れるような気が少ししました。
とはいっても踊ってしまえばもう関係ありませんが。

逆に貞光町のほうでは純粋に地元の祭り、という感じで「踊る阿呆」と「みる阿呆」の距離もぐっと近いので楽しめました。しかも、なぜかぼくもさらしにはっぴをきてケヤリ(江戸時代の火消しが持ってそうな、棹の先にボンボンのようなものがついてました、「毛槍」でしょうか)というのをもって連に参加していました。これはたまたま運がよかっただけですがお陰で鳴り物も試しに触らせてもらえてラッキーでした。

印象的だったのは、阿波踊りはとっても品のある踊りだなぁということです。
「上品」というよりどこか「気品がある」という感じでしょうか。 踊っている人は心の底から喜びが溢れてはいるのですがどっかーん! いやっほーぃ!という「悦」に入るのではなくそれはあくまで観ている人を意識した上でのもののように感じました。きっとそれぞれが舞台でスポットライトを浴びているような気分なのかなと思ったりもしました。だからなのか、柵のような仕切りもなく、人の割には警備員もあまり気になりませんでした。

いいお祭りでありました。

「ハーネス連阿波踊り2004」財団法人徳島の盲導犬を育てる会

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 ハーネス連が結成されてから4回目の熱い夏がまたやってきました。
 今年は例年になく台風の上陸に何度となく見舞われた徳島県でしたが,12日の夜は皆の祈り通じて,踊りやすい薄曇りの天候に恵まれました。ハーネス連結成以来からの踊り子,山橋さんとウエイン・鶴野さんとセリアは4回とあって堂々とした踊りぶりを見せてくれました。観客席には立ち上がって声援をしてくれる人も。そして,総勢12頭にもなっ た盲導犬やパピーたちがハッピを着て現れるとあちらからもこちらからも,携帯電話で写真を撮るフラッシュの嵐が。
 今年初めての参加になったユーザーの平田さんは,阿波踊りは初めての経験。踊り子たちに混じって何度も練習を重ねましたが,阿波踊りのイメージがわかず,なかなか足と手が上手にできません。「みなさん,すぐに踊れますよって言ってくれたけど,結構難しいですよ。」当日は,大きな音に興奮して,ウインタも少し落ち着かない様子でしたが,ボランティアたちが隣で「あと何メートルぐらいですよ。」「少し右に 寄ってますよ。」と声をかけてくれたので,楽しく踊り終えることができました。 「まだまだウインタにとっても私にとっても,慣れないので『はまる』ところまではいかないけれど,来年はもっと上手になるかも?」と感想を述べていました。
 今年は,ドイツ人留学生や,中国からのお客様も飛び入って,ノリに乗っていました。市役所演舞場での演舞が終わり,両国橋演舞場では,躍り込むまでの時間が,じっとしていられず,ついに鳴り物が鳴り出し,踊り子たちが輪踊りを始めたというハプニングもありました。
 今年は大阪府や奈良県からも盲導犬・繁殖犬やパピー,引退犬までたくさんのボランティアと犬が参加し,今まで以上に華やかな楽しい阿波踊りになりました。これか らもずっとハーネス連の輪が広がり続け,毎年各地からたくさんのユーザーと盲導犬たちを迎えて一緒に踊れるようにと祈りました。(2004,8,12)

■財団法人徳島の盲導犬を育てる会サイト
http://www.nmt.ne.jp/~harness/index.htm

「おもてなし」賛助会員・松島清照(株式会社松島組代表取締役)

no4.jpg 旅先で知りあい意気投合した建築家O氏を阿波おどり見物に招きました。

驚かせ てやろうと踊り浴衣一式を手配、実際に着替えてしまえばすっかりその気になっ ている様子でした。

そのせいか傍観者から参加者(主役)になり、すっかりなじんだ様子で大変喜んで頂けました。

徳島の夏は何が起こるかわかりません。

   

 

「私流・阿波踊りの楽しみ方」内野雅子(劇団ふるさときゃらばん/福岡県出身)

no3.jpg 阿波踊りにはTシャツにGパンなどというブサイク(=粋でない)格好で出かけていってはイケナイ。旅館の浴衣や、商工会のハッピ、何でも良いので、それっぽい格好でお出かけすることをオススメします!
 なぜなら、阿波踊りは参加するお祭り、「同じ阿呆なら踊らなソンソン」というより、見ているだけではバカみたい?ひ一緒に踊りましょう。「にわか連」にもぐりこめば踊りの指導もしてくれますし、実際に体を動かすと心も踊り出します。
 ソンナ訳で、私は夏になると「にわか阿波踊りダンサー」と化し、劇団のハデハデハッピを身にまとい阿波の町へ繰り出すのです。
 夏、たったの4日間、誰かれかまわず踊りに興じる姿は、徳島人の日ごろの勤勉ぶりやお接待の心を感じさせてくれます。何より、男は男らしく、女は女らしくっていうのが気に入っています。ソレって今時「粋」でしょう?

「麻痺の手が動く気がする阿波踊り」ひのみね療護園内 村上哲史(スローアート協会・ゆるい展世話人)

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 「へい、いらっしゃい!」
 「缶ピール20とジュース30本。ジュースは適当にいろいろ」とお客さん。 二人とも喉が潰れんばかりの大声である。そうしないと、鉦や太鼓の音が大きすぎてお互いの声が伝わらないのである。 ボクが生まれた家は、徳島市の両国橋通りと紺屋町の角っこにあった。今は富田タクシーが駐車場代わりに使っているだけの、歯が抜けたような奇妙な空間になっているが、確かにそこにボクの家はあった。「祖谷そばのいろは」といえば、もしかすると覚えている方がいるかもしれない。もう四半世紀以上昔のことである。
 当然、お盆の間は阿波踊りの客でにぎわう。店先では、よく冷えたビールやジュースを販売。人手が足りないので、そこはボク等兄弟の担当だった。 接客は主に兄達が行なう。ボクは商品ごとの売上本数をカウントしたり、次に補充すべきのもを指示したり・・・。格好良くいえばマーケティング担当とも言えるが、実は横で見ているだけであった。それでも、兄達が大口注文の納品準備をしている間に代金の計算をしたり、別の客が手を伸ばしてきた時には接客もした。
 客にとっては、ボクの手が不自由であろうとなかろうと、知ったことではない。「早く飲みたい」その一心で手を伸ばしてくるのだ。だからボクも震える手を必死に伸ばして代金を受け取ろうとする。すると、いつもならなかなか掴めないコインがさっと掴めたりするから不思議だ。時には「早ようせーだー」と怒られたことも何度かあったが、それでもボクは嬉しかった。「こんなボクでも人の役に立つことが出来る」そう思うだけで、ものすごく嬉しかった。
 真夏の夜のよしこののリズムは、自分の体が不自由であることを忘れさせてくれいてた。そしてその感覚は、今も体に染み付いて離れない。

■本人管理サイト
http://www.hinomine.com/

「或る阿呆の思い」鳴門教育大学附属養護学校教諭:猪子秀太郎

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 毎年,お盆の一晩だけ,鳴門教育大学附属養護学校の踊り連が,幸町に繰り出します。これは,もう6年ぐらい前から続いています。完全自由参加,先生も生徒も保護者の方も,それぞれの家族も友だちも,好きな人は6:30に鷲の門に集合してよ。この約束だけで,毎年10人から20人ぐらいのこぢんまりした連ができあがります。連の名前は,その場の気分で決める。今年は,ある先生がうちわの目印を持ってきたから「うちわ連」でした。 私自身は,この学校に勤めて11年目,実は7年前から「天水連」という阿波踊り連に所属して,踊っている阿呆の1人です。本来ならお盆の4日間は,連で昼から晩まで踊りっぱなしのはずですが,わざわざ時間をあけて「うちわ連」に参加しています。それは,私自身の阿波踊りに対する「思い」があるからです。
 みなさんご存じのように,阿波踊りにはいろいろな楽しみがあります。「有名連の上手な踊りを見る」ことや「有名連に入って上手に踊る」ことは,とても楽しいことです。私も,上手にかっこよく踊りたい一心で,天水連で踊っています。一方で,「別に上手じゃなくても踊ると楽しい」し「すぐ踊るチャンスがある」のも,阿波踊りだと思っています。
no1_2.jpg ふだんの私たちにとっては,踊りは非日常的なものです。ところが,徳島のお盆は,求めれば誰でも「踊りが日常的」なものになるチャンスが転がっているのです。私の父親の世代には,「新町橋までいかんかホイホイ」などといいながら町内の有志が踊り出していったそうです。夢のようです。今は,その頃ほどではないにしろ,捜せばチャンスはたくさんあります。「うちわ連」で踊っていると,幸町を歩く人たちが「ひょっ」と踊りの輪に加わってくれます。浴衣を着た「ちゃんとした連の方」も,一緒に踊って盛り上げてくれます。中には,大太鼓や三味線を鳴らしてくれる人もいます。有名連で踊っている時とは違う,「心浮き立つ」瞬間です。
 附属養護学校の生徒たちは,自閉症だったり知的障害だったりして,ふだんの生活には「暮らしにくさ」を感じている人たちです。でも他の人たちと同じように,踊りが好きな人もいれば嫌いな人もおり,好きな人は「踊るチャンス」を捜しているのです。私は,決して「障害のある人に,踊る機会を作ってあげよう」なんて高邁な気持ちで「うちわ連」に参加しているのではありません。たまたま,学校で踊りに行く機会があったから参加して,参加したら「えらい浮いて楽しかったなあ」と感じて,次の年からその「機会」を大切に守っているだけなのです。自分の心が「浮いて」,人の心も「浮く」のが楽しいから参加しているのです。
 誰でもが「ひょっ」と踊って心が浮いて,そんなチャンスがもっとたくさんできると,阿波踊りは「ほんまもん」になると思います。もし,こんな気持ちを経験したい方がおいでたら,うちの学校の踊りの輪に入ってください。一年に一晩,8月のたいがい12日(違う年もあるんよ)7時半頃,幸町公園の近くの通りで踊んりょるけんな。